馬も好きだが馬券も大好き

 競馬場に通うオッサンが、スタンドでレース観戦せずにモニタ越しにレースを見ていたりする。「オッサン、それ競馬場来た意味ないじゃん!」とか心の中で思っていたけれど、モニタで見てそうなオッサンはパドックにはきちんといる。馬場入場はモニタで見ている。「生で見る競馬の迫力」よりも、混むスタンドで苦労して背伸びして見るよりは、小柄なオッサンはゆっくりモニタで見たいのかもしれない。
 パドックで馬を見せて、馬場入場も返し馬が見える位置から入場させてと、馬券検討に必要なデータはそれなりに公平に競馬ファンに与えて、高い入場料の代わりに「お前ら馬券買え」と無言の圧力。丸いコースをグルグルグルグル、延々と回り続けるお馬さんと大して変わらず、自分たち競馬ファンも日常から抜け出したくて競馬をしているつもりが、グルグル回っているお馬さんのさらに外側を周回し続けているだけなのかもしれない。いつかは、その軌道から抜け出すんだと一念発起して馬券を買っているものの、月の軌道から外れたその外に、太陽の周りを回る地球の公転軌道があったりして、さらに外には太陽も何かの周りを回っていたりするのだ。
 前フリが長くなったけど、結局は馬券ってなんだろ?ってこと。恥ずかしながら、身内が一人馬券で身を滅ぼしました。いや、身を滅ぼすまでいかず、滅ぼす直前でドクターストップを受け病院送り。まあ、1親等以内でそういう人を見てしまうと、自分と馬券との関わりを再度考え直さざるをえないということになってきますわな。非日常への逃走、一点豪華主義、競走と馬への自身や環境の投影、いろいろあると思う。これを書いている馬鹿な男は「自分の予想が的中していると悔しいから」と言っては、まあ、その、月に一度くらいは許してくれよということになっている。

 続きはまた今度。