世界中が泣いた

3/20 中山12R 岡部幸雄騎手引退記念 芝1600m

406 名前:名無しさん@実況で競馬板アウト[] 投稿日:05/03/13 22:41:35 id:Zubzpfnc0
日はすでに地平の彼方に沈み、あたりに夜の帳が降りようとしている。
セレモニーが終わった後の静まり返った競馬場。幸雄はただ一人ターフにいた。

なんと広く、なんと長いことか。何百回、何千回とここを走り、戦ってきたはずなのに
幸雄は今改めてそのことに気づかされた。そしてふっと笑みを浮かべる。
まるで自分の騎手人生のようではないか。
生涯現役、口にするのは簡単だが、為しうるのは決して簡単なことではない。
多くの人、多くの馬、多くのファンに支えられてここまで走ってきた。
必死に走ってきた。今、鞭をおき改めて振り返ってみると、なんと長い道程だったことか。

ふと、蹄の音が聞こえる。レースも終わり誰もいないはずの競馬場になぜ?
幸雄が振り返ると、一頭の馬が第四コーナーを回り、直線に入ってくるのが見えた。
ただ一頭、薄暗く誰もいないターフを走る馬、その鞍上に一人の騎手…
「…ルドルフ…?」
その馬は猛然と幸雄の側を駆け抜けた。自分に競馬を教えてくれた馬…鞍上にいたのは、
まぎれもなく若き日の自分…
幸雄ははっと振り返った。しかしそこには、夕闇と静寂が広がっているだけだった。

幸雄はきびすを返すと、ゆっくりとターフを後にした。
セレモニーでは、幸雄の作り出した様々な記録が紹介されていた。そして誰もが
騎手・岡部幸雄を賞賛していた。だが、記録はいつか破られ、記憶もいつしか
薄れていくことだろう。何十年も経った時、一体何人の心に自分の姿が残っているだろう。
だが、それでいいと幸雄は思う。自分が信じた道を、ただまっすぐ進めたのだから。

幸雄の顔には、満面の笑みがたたえられていた。
大仕事をやり遂げた、一人の男の笑みであった。